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どこにでもいるアラサー会社員。書きたいと思った時だけ、あんまり推敲せずに殴り書く系のブログです。

【ネタバレあり】スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム感想【1分1秒が愛おしい、救いの映画】

※この記事は『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のネタバレを含みます。鑑賞前の方は今すぐにこのページを離れてください。

 

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ネタバレありの感想記事を書くかどうか非常に迷いましたが、鑑賞した後に誰とも感想を分かち合えずに苦しい思いをしている方もいるのではないかと思い、書くことにしました。

また、執筆したのは試写会鑑賞(12/22)の夜ですが、記事公開は日本公開日に合わせた2022年1月7日としております。

 

この記事はすでに作品を鑑賞済みの方に向けて執筆しております。

鑑賞前の方は、お願いですからここで記事を読むのをやめてください。

ネタバレなしで観たほうが絶対に楽しめます。人生で一度しかできない経験を無駄にしないでください。

 

以下、感想です。

 

 

 

 

 

※ここからは『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のネタバレを含みます。鑑賞前の方は今すぐにこのページを離れてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試写会に当選して、観てきました。(2021年12月21日)

間違いなく今年イチ……いや、私にとっては人生イチ興奮し、感動し、叫びたいような衝動に駆られた映画となりました。

 

ミステリオによりスパイダーマンの正体が明かされた『ファー・フロム・ホーム』のエンドクレジットから、地続きで始まる今作。

困り果てたピーターはストレンジの元を訪ねて自分がスパイダーマンであるという記憶を世界から消してもらうよう頼むが、その呪文を使っている最中にピーターが横から5回も口を挟んだことで呪文は失敗し、マルチバースの裂け目が開いてしまう。
すぐに呪文を中断したストレンジだったが、その一瞬で他のユニバースから数多くのヴィランが迷い込んでしまった。
すべてのヴィランを地下室に閉じ込めたものの、もとの世界に戻せばみんな死んでしまうと知ったピーターはストレンジに対抗して運命を変えようとするが……。

というのがあらすじ。

 

序盤からチャーリー・コックス演じるNetflixデアデビルのマット・マードックが、窮地に陥ったピーターの弁護士として登場(しかも能力も……!)。

喜びの大声を上げてしまった。興奮しすぎてそのあたりのセリフがまったく記憶にない。

 

鑑賞後に気がついたが、『ノー・ウェイ・ホーム』は「世界を救う」「ヴィランを救う」だけでなく、「スパイダーマンファンをも救う」物語になっているのではないか。

 

ヒーロー映画には決まって印象に残るヴィランが出てくるが、スパイダーマンシリーズの過去作においては魅力的なヴィランがあまりにも多く登場する。
当然ながらそれぞれのヴィランのファンも少なくない。私もドクター・オクトパスやエレクトロが大好きだ。

だが、過去作のスパイダーマン映画では、ほとんどすべてのヴィランは最終的に死んでしまう。

そんな「悲しくもヒーロー映画においては当然の結末」を、トムホピーターは救おうとする。
これは単に物語の中だけでなく、それを観ている私たちスパイダーマンファンが一度は願った「あのヴィランが生きていたら……」「違った結末だったら……」を叶えてくれたように感じたのだ。

 

しかし、ヴィランだけでなくヒーローまで登場させてしまうとは。

 

ネッドの実家に避難したMJとネッド。ピーターから連絡が来ず、ネッドはストレンジから盗んだリングで「ピーター・パーカー」に会おうとする。

すると現れたのはスパイダースーツに身を包んだアンドリュー・ガーフィールド!あの話し方!あの動き!

そして私服姿のトビー・マグワイアも!あのはにかんだ笑顔がまた見れるなんて!

設定上でも現実でももちろん年はとっているものの、どちらもそのまま「あっちの世界」から飛び出してきたようで、感動の涙だった。
会場では自然に歓声と拍手が起こった。

 

メイおばさんを失った悲しみから自分を見失いかけているトムホピーターを支える、2人の先輩ピーター。ベンおじさん、そしてグウェンの話……。
苦痛を乗り越えた2人のピーターと、今まさに乗り越えようとしているピーター。
3人は協力してヴィランたちを救うことに決める。

 

それからの3人のスパイダーマンの掛け合いは完璧だった。正直言って何一つダメ出しする部分が見つからないし、これ以上に良くなる想像がつかない。

 

3人のなかで唯一、ウェブシューターいらずで手首から糸が出ることをいじられ、終盤はアンドリューピーターに「グロい」とまで言われるトビーピーター。
3人のなかで唯一、宇宙生物と戦ったことがなく落ち込むアンドリューを「君はアメイジングだよ、アメイジングさ。自分で言ってごらん」と励ますトビーピーター。
そして「僕はヴィランになったりしないよ」とピーターに語るネッド。(マーベル、噂を逆手にとるのが上手すぎる!)

 

おそらくオーディエンス全員が号泣したであろうアンドリュー・ガーフィールドがMJをギリギリのところで助けるシーン。アンドリューのあの表情……。
自分の世界ではグウェンを救えなかったアンドリューピーターが、トムホピーターの最愛の人を救う。それもまったく同じシチュエーションで……。

もしかしたらこんなシーンがあるのでは、と想像するだけで鑑賞前から涙を流していた私は、予想が的中したそのシーンを目の当たりにして、泣きすぎて吐くところだった。

 

さらにはクライマックスでグリーンゴブリンにとどめを刺そうとしたトムホピーターを止める、トビーピーター。

サム・ライミ版ではグリーンゴブリンを死なせてしまった、そしてその息子である親友ハリーまで目の前で失った彼だからこそ、何も語らずにトムホピーターを止めるあの表情がたまらなかった……。

 

書いていて気がついたが、つまりこの映画は「世界」「ヴィラン」「ファン」だけでなく「3人のピーター・パーカーも救った」のだ……。

 

しかしトビー・マグワイアアンドリュー・ガーフィールドも、そしてチャーリー・コックスも、よくぞ公開まで出演を否定してくれた。偉い。

tyty.hateblo.jp

 

さて、鑑賞前に私がもっとも危惧していたのは「仮に噂どおり過去作のスパイダーマン2人が登場したとき、”トムホピーターの成長を描く”というMCUスパイダーマンの主要命題がおろそかになってしまうのでは……」ということだった。おそらく同じ不安を抱えていたファンも多いのではと思う。

が、そんな不安は鑑賞後には吹っ飛んでいた。これはひとえにトム・ホランドの最高級の演技力、そして監督ジョン・ワッツの手腕があったからだろう。

決して長いわけではないシーンでも、あっという間にトム・ホランドの演技に引き込まれ、いつの間にか胸を締め付けられ、気がつけば涙が流れてくる。

特にメイおばさんが亡くなるシーンや、ラストシーンでMJやネッドと関わらないと決めた瞬間などは、まるで自分の弟が、悲しみ、苦しみ、戦っているかのように感じた。

また、世界から記憶を消した後のピーターの顔つきが、青年のそれではなくなっていたのも印象的だった。メイおばさんのお墓でハッピーと話していたシーンなどは、すでに大人の男の顔つき、仕草に見えたのだ。

 

最後に語っておかねばならないのは、ウィレム・デフォーの存在感だ。

殴られても殴られても動じない不気味な笑顔。通称「ライミ・カム」でぐーっと寄って、さっと振り向くあの善人顔。間の使い方。そして一声聞くだけでわかるあの声。

衰えることを知らぬどころか、さらにパワフルになったその演技力には脱帽だった。
ともすればやりすぎなくらいに全編を通してたっぷりと映し出される、目を見張る怪演。

それもそのはず、彼がいなければ、この映画は存在しなかったかもしれないのだ。

彼がサムライミ版1作目で演じた「グリーンゴブリン」という最高に恐ろしいキャラクター。
このキャラクターが存在しなければ、サムライミ版スパイダーマンの続編や、アメイジングスパイダーマンの製作も叶わず、また、MCUへのスパイダーマン合流も、きっと実現しなかっただろう。

 

私が生まれてはじめてスパイダーマンに出会ったのは20年前。9歳のころに友人と友人の母に誘われて観たサムライミ版の『スパイダーマン』だった。

20年間、スパイダーマンファンでいてよかった。
こんなにもすべてのシーンが、その1分1秒が愛おしい映画は、後にも先にもないだろう。
これ以上に胸が高鳴り身体が震え、泣いて笑えるような映画に、今後、出会うことができるだろうか。

製作に関わったすべての人に、心からの感謝を捧げて、この感想の結びとしたい。

 

私はスパイダーマンに救われた。ありがとう。