人間は簡単に呪われる
呪いというのはなんと日本的な表現だろうと思う。
今日書くのは「ふとした瞬間にかけられる言葉の呪いって怖いよね」という話。
私たちは日々だれかと言葉を交わして生きている。
その言葉はときに人の心に突き刺さって傷をつける。
何年経ってもたびたび痛む、深くて厄介な傷をつける。
「髪ちょっと傷んでますね」「痩せました?」
「臭い」「汚い」「鼻低い」「目が小さい」「色白い」
「産まなきゃよかった」
私の場合は中学1年の春に言われた同級生の子の言葉で人生が変わった。
思えば中学時代は入学からうまくいかなかった。
名字は「い」から始まるのに、運悪く学年で一番頭のクラスの、一番頭の出席番号。
うちの中学の入学式は、一人ずつ学生の名前が呼ばれ、返事をして起立。次の人が呼ばれたら前の人は座るという儀式があった。
当時の私は空気を読む能力が今よりもなかったので、名前を呼ばれたらずっと立っているものだと思っていた。ピンと真っすぐ前を向いて3,4人分の名前が呼ばれるまで立っていた。途中で後ろの子が教えてくれてようやく座った。周りはくすくす笑っていた。
「初めての環境」がとことん苦手なのはこの頃からかもしれない。
数週間経ってクラスに馴染んできたある日、同じクラスのAさんから懐かしのEメールが届いた。休日の午後だったと思う。
「好きです。付き合ってください」
えっ嬉しい!付き合うって何だかわからんけど嬉しいからオッケー!という感じでニコニコしながらお返事した。
Aさんは小学生のころ私を誕生日会に呼んでくれたりして、仲もよかった。色黒で活発で楽しい子だった。家で飼っているコーギーが懐いてくれて嬉しかった。
その後の数日間は、何をしてもどきどきしていたのを覚えている。
が、何日か経ったころ、「あれ実は罰ゲームだったんだ」というメールが届いた。
また、他の友だちからも「本気にした?」などと馬鹿にするようなメールや言葉を受け取った。
Aさんには「全然気にしてないから大丈夫だよ」と返信したと思う。もちろん強がっている。
私はこれをきっかけに不登校になるのだが、これが原因だったんだと気がついたのは26,7歳になってからだった。嫌な記憶を忘れる癖があるからだと思う。
「友達はみんないい人間」と思っていた12歳の子どもにとってはとんでもないハートブレイクだったはずなのに、親にも友だちにも言わずに耐えていた気がする。
いや、一緒に登校していた2人の友だちには伝えたか。その片方とは今でも親友だけど、もう片方に「俺知ってたわそれ」とニヤニヤしながら言われた気がする。
「いじめかどうかは本人の気持ち次第」とよく言われる。100%同意する。
しかし、「いじめというものを知っている」か、「これはいじめだと判断できる」かも、その子次第だ。
少なくとも当時の私には「いじめ」という概念がなかった。数カ月後に「いじめに関するアンケート」のようなものが配られた記憶がある。もちろん私の件とは無関係。だって誰にも言ってないんだから。
そのアンケートを見ても「ひどいことするんだなあ」と他人事だったと思う。
中学2年はほとんど学校に行かなかった。
2年の夏には交通事故にも遭って、顔に大きな傷が残った。
不登校は悪化して、3年も秋冬までほぼ行かなかったと思う。
高校以降は学校も楽しくて友だちもたくさんできて、幸せな人生を送れている。
中学時代に登校を無理強いしなかった母親にほんとうに感謝している。
また、騙してくれたAさんにも、もはや感謝している。あれがなかったらこんなに幸せな人生を送れていないかもしれない。
さて大人になって、ある女の子と別れるときに
「君は浮気さえしなければ最高にいい男なのに」と言われることになる。
これまたすごい呪いだ。
本人は本気で言ってくれていた。そして本気で好きだった。だからこそ効いた。
その後、一度も浮気はしていない。
冒頭の「髪傷んでますね」は、美容師から投げかけられる呪いとしてよくある話なのだそう。
これをきっかけに髪質がコンプレックスになる子も非常に多いらしい。
「髪が細くなってますね」もそうだ。気にし始めて一気にはげちゃう人もいる。
人のコンプレックスに近い職業の人はどうか「相手が気にしていないなら言わない」ようにしてほしい。
「傷んでますか?」と聞かれて初めて「そうですね、でもこれくらいであれば……」と対処法を教えてあげてほしい。
人は言葉を呪いに変える。意図せずとも。